新年、大阪リユースびん推進協議会(仮)、田中正造氏。

昨年もありがとうございました。
そして今年2014年もまたよろしくお願いします。

今年も初日の出を観に行き、初詣や戎さんなど行ってまいりました。
皆様も去年末から今年にかけ、新年の準備や行事など色々忙しい時期だったかと思います。


さて、新年早々、リユースびんに関して、うれしい情報がありました。
Rびんプロジェクトのメンバーの方が大阪産のお茶を
リユースびん化しようと色々行動してたところ、
環境省から助成金が通り、大阪産リユースびんのお茶が誕生するそうです。
既にメーカーと試作品を数点作っているそうです。

まずは行政からお伝えしていき、将来的には現在、大阪府市や町の会議などに
リユースびん入りのお茶がテーブルに並ぶ事になり、メディアやTVに映る事になるでしょう。

現在、奈良の自治体などでは既に、リユースびん入りお茶『とわ』があり、
大阪も加わり、今度は関西から変えていけるような大きな一歩になると思っています。


後向き環境記事
neg1.jpg


前向き環境記事
poji.jpg
去年までは環境記事では後ろ向きの記事が多かったのですが
前向き記事も少しずつですが見るようになってきました。


さて、そんな中『足尾から来た女』と言う、足尾銅山鉱毒事件、
日本初の公害を告発した田中正造のNHKのTVを観ました。

1890年、明治23年、足尾銅山で銅(武器部品等)を発掘し、
その開発に伴う鉱毒が洪水のたびに渡良瀬川(わたらせがわ)下流の
栃木県谷中村(やなかむら)に流されていき、
田畑や農作物は枯れ、川の魚や生物は死滅、村人の健康被害など、
大変な被害をもたらし、鉱毒の遊水地(ため池)にしてしまうと言う計画が立てられました。
387戸(約2500人)あった村も、16戸になり、
最後はその村自体を強制的に家を壊されたりしました。

それを阻止しようとした人物が田中正造と言う政治家です。

田中正造は、最後まで谷中村に居座り、
死刑にも値する、天皇への鉱毒問題の直訴(じきそ)をしてまで、
必死に抗議を行っていた方です。

公害が環境問題を引き起こし、110年以上も前から
環境問題が取沙汰されてた事になります。

(江戸時代は古着はリデュース、リユースされ、
お酒のとっくりもリユースされ灰も肥料や洗剤にもなり、
完全循環型社会でした。)

グーグル地図使用。
TanakaHeartS.jpg
現在、谷中村は、既に鉱毒を沈殿させる渡良瀬(わたらせ)遊水地になっています。
田中正造が言っていた有名な言葉にこういったものがあります。

『真の文明ハ山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さゞるべし』

田中正造没後101年目にして、現在に何か響くものがあります。

また遊水地の形は、元々円形の予定でしたが、
くぼんだ部分に、村人の住居や墓地などがあり、
その部分を遺すとハート型になったそうです。

このハート形になった意味、今現在の環境問題に
何か大切なものを田中正造氏が今でも伝えてくれるように感じます。
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